2014年12月22日月曜日

0995 本屋で探検7〜「鏡の偽乙女 薄紅雪華紋様」(朱川湊人・著)

「不定期に本屋さんに行き、知らない作家の本を少なくとも1冊は買う」というルールに則って紹介する第7回目。


今回は、朱川湊人・著「鏡の偽乙女 薄紅雪華紋様」です。前回紹介しました桜木紫乃さんと同様、この作家さんも2005年に「花まんま」で直木賞を受賞されていますが、本を選ぶ時は意識していませんでしたので、これは偶然です。

さて、この物語は幽霊ものです。でも、おどろおどろしいお話ではありませんのでご安心を。

物語の舞台は大正初期。
画家を志し家を出た槇島功次郎が、ざん切り頭に丸眼鏡の書生風の若い男・穂村江雪華と出会います。本書は5話から成り、功次郎の語りという形で進行していきます。

雪華は画家で、霊が見えるらしく、さらにその絵で霊を成仏させる力があるようです。功次郎(第1話目で風波という雅号を雪華からもらいます)も霊が見えるようで、文庫本タイトルにもなっている第2話の「鏡の偽乙女」では、霊が生きていた頃の本質を鏡に描いて成仏させるという技に挑みます。

この小説には画家が何人か登場します。主要人物の功次郎(まだ画家志望ですが)と雪華もそうですし、大正初期というと竹久夢二が活躍した時代ですが、彼の妻らしき勝ち気なおかみが経営する夢二の絵葉書などを扱う店も出てきます。(当方、夢二のことは詳しくないので、店については史実に基づいているかどうかわかりませんでした。)

このほかにも実在した画家がモデルという若い男(それも絵を描いている時はふんどし一丁になるという)や、もしかしたらあの有名な推理小説作家がモデルじゃないかと思える人物も出てきます。
こうした実在の人物をからめたり、大正初期の町並みの様子など(谷中の墓地やその近くにあった五重塔、根津界隈など)を描写することでリアリティあふれる物語になっているように感じました。

絵と言えば1話目には、雪華が功次郎に絵の手ほどきをするシーンが出てきます。雪華の描いた絵、それも上野の西郷さんの像を見ながら逆さまにデッサンした絵を見てその巧さに功次郎が絶句する場面が書かれています。それを真似してやっていくうちに、雪華がなぜ「頭と目の掃除をする」と言ったのかを理解します。

人間というものは、たくさんの経験で自分を作り上げるものだ。初めのうちは難しいと思っていたことでも、繰り返していくうちに、経験則が自分の中に作られ、そのうちに短い時間で同じことができるようになる。(中略)経験則は”馴れ”と一緒に”思い込み”まで作り上げてしまうのだから。
”思い込み”は知らず知らずのうちに目の性能を落としてしまう。観察を怠らせ,効率のいい処理に流れさせるようになる。つまり、道があると人は無思慮になる・・・ということだ。(中略)
ものを逆さまに描くのは、この”馴れ”と”思い込み”を、多少なりとも払拭する作業だ。

余談ですが、ある絵の教則本に「絵を逆さまにして模写する」という実習が出てきました。こうすることで理屈をこねくりまわして既成観念に囚われる左脳の影響を排除して描けるのだとか。上述の功次郎の述懐と符合するなぁと思いました。
雪華や功次郎のように正位置で見ているものを逆さにして描くのはかなりハードルが高そうですが、真似してやってみる価値はありそうです。

絵の話ばかりではありません。幽霊もの、幽霊奇譚といった趣の本書、第3話から5話までは「みれいじゃ」と呼ばれる、死んだ人間があたかも生きているような存在(いわゆるゾンビ?)が出てきます。強い未練を残して死んだ人が、小動物と土砂であたかもよみがえったような姿で今まで同様生きている。死が確認されるか、強い未練が成就すると消えてしまうという存在を作り出した「蒐集家(これくたぁ)」と呼ばれる謎の存在。

その蒐集家が死んだ人間を蘇らせるのと交換にしているのが、その人の美しい思い出。たとえば盲目になった人が最後に見た美しい夕景、別れた実母のかすかな面影という絵になるような美しい記憶を集めているというところにも、この物語が絵画的雰囲気を漂わせていると感じるところです。

さて、冒頭のまえがき部分では、老年の功次郎がこの物語を回顧する形が示されています。それによると功次郎が雪華と出会って数年の付き合いだったこと、その後音信不通であることがうかがえます。

ですが、この小説ではほんの1年程度の出来事のみです。雪華の下宿にいる女中の予言にある「上空に浮かぶ巨岩があと10年で落ちてきそう」というのが関東大震災を連想させているようですし、人前ではほとんど食べず、下宿の部屋には寝る場所もないという雪華の正体も謎のままです。また、功次郎も風波という雅号で画家として大成したのかどうかも不明です。

最後の解説によると、続編が1話分出ているようですが、果たして功次郎が老年になるまでの物語が書かれているのか、掲載本を探してみようかと思います。

絵を描く人は特に興味深く読めると思いますのでオススメの1冊です。

Kindle版も出ているようです。
思わぬ本との出合いを求めて、本屋さんに行くのもいいですよ。

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