2013年2月5日火曜日

0391 意思と遺志をのこしておこう

元同僚兼友人と語ったことの3つ目。
意思と遺志をのこしておこう、という話です。ざっくり言いますと、生きている時に表明するものと、死んでから表明するもの。

これまでに「死んでからでは遅い」ということで遺言書作成に着手したのだけど、元上司の急死などを聞くと、なおさらその必要性を感じることになりました。
直前まで自分で準備できるならいいんですけど、人生そううまく行くもんじゃないでし、だからハプニング的な楽しい面もあるわけで・・・。

遺言書は必要ということで、詳しくは別エントリに譲ることにして、ここでは意思の話。
何のことかというと、突然病気で倒れて意思の表明ができなくなった時の話です。意識のないまま延命治療をされている状態になったらどうするのか。それもこれ以上治療しても回復の見込みが無いとき、家族に経済的な負担をかけてまで治療を続けるのか。そういう場合が想定されますね。

ちょっと小難しい話の流れになると「尊厳死」まで行ってしまいますが、ここではさらりと「もし自分が回復の見込みがないと判断されたとき、延命治療を希望するか」という問いにしたいと思います。実際、友人に会って話したときもこんな感じで進行していきました。もっとも、ふたりともそういう場面に立ち会っているという経験を踏まえての話です。

医療機関としては延命措置をやらざるを得ない状況かもしれないが、それでも「こうなった場合、こうして欲しい」という願いだけは家族に伝えておきたいと個人的には思います。
というのも、肉親でそういう思いをした場合、その瞬間も迷うし、後になって(つまり亡くなって)「ホントにあれで良かったのか」という後悔はつきまとうものです。
そんなわけで、友人との会話では「自分がそうなった場合、家族に同じような思い(後悔)をさせないためにも残しておいたほうがいいね」という結論に至りました。もの書き写真堂も、遺言書とは別に書き付けておこうと思いました。
まあ、人それぞれ、立場もそれぞれ。答えは様々です。

最後に注意をば。
遺言書は死後開示されるので、ここに延命治療の要・不要を書いては間に合いませんっ。別に意思表示をしておきましょう。
ネットで調べたところ、病院によっては書面を用意してあったりするみたいです。
後々、法的トラブルになった場合に備えて、手書き遺言と同じ形式(自筆、署名捺印、日付を正確に記載など)で文書に残しておくのがいいと思います。

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