2015年1月17日土曜日

1012 なっ、5年ぶりの新刊!?佐藤正午・著「鳩の撃退法」(上・下巻)

佐藤正午という作家の新刊「鳩の撃退法」(上・下巻)が前作から5年ぶりに発表されました。

いつもの「本屋で探検」の趣旨から外れる本の紹介ですが、この作者のデビュー作から読んでいる読者としてつらつらと書きたいと思います。

まず、言いたいこと。
この作者にはいつも待たされています。もうずっと前から。だから「まだ新刊が出ないかなぁ」と待つこともなく、忘れた頃に「あ、出たんだ」となります。
 でも、おそらく長年のファンは心得たもので、「いやはや」と苦笑しながらも嬉しそうに新刊を手にしているのだと思います。

そんな忘れた頃に新刊が出るので、初版本を買い逃すことも。
「鳩の撃退法」は、Twitterでつぶやいていた人がいたのでかなり早めに気づくことができ、初版本ゲットできました。初版にこだわっているわけではないのですが、長年ファンをやってるとなんとなくそれを逃すのがしゃくというか、なんというか。


今回の新作発表が5年ぶりということは、前作は2009年の「身の上話」ですね。
もう5年が長いのか短いのか、この作家についてだけいえば「いつもの間隔」であって長くも短くもないのだと思います。

(↑文庫が出ていました)

それで、次の新刊もおそらくそんな5年とかのスパンになりそうですので、この「鳩の撃退法」も上下巻のボリュームもさることながら、一気に読むのはもったいないので少しずつ読んでいます。

さて、「鳩の撃退法」ですが、前作「身の上話」に続きミステリー調のようです。
かつての売れっ子作家・津田伸一は、いまは地方都市で暮らしている。街で古書店を営んでいた老人の訃報が届き形見の鞄を受け取ったところ、中には数冊の絵本と古本のピーターパン、それに三千万円を超える現金が詰め込まれていた。
「あんたが使ったのは偽の一万円札だったんだよ」
転がり込んだ大金に歓喜したのも束の間、思いもよらぬ事実が判明する。(以下略)

物語は、深夜の仕事が明けて帰宅した幸地秀吉の朝から始まります。津田伸一ではありません。
具合が悪くて起きられない妻に替わって長女を幼稚園まで送迎をします。夕方起き出した妻に妊娠したと告げられ優しく体をいたわりながらも「医者に診てもらったのか?」 「間違いないのか?」と静かに、執拗に迫ります。

読み手としては「年収がおぼつかなくて2人目を育てられないのかな?ホントは子供が嫌いだとか?」と思いつつ読んでいると、「おなかの子の父親は僕じゃない」と意外な展開に。
ここまでわずか27ページ(本文の始まりが5ページ目なので実質23ページ)。さて、続きはどうなるの?とページをめくると、時間が半日ほど戻った場面から始まりました。最初は「えぇ〜」と思うのですが、ここにも作者の仕掛けが用意されていました。

秀吉が仕事を終えて帰宅する前によく行くドーナッツショップ。ここで本を読むのが習慣になっている秀吉の前に現れたのが、喫煙と禁煙を隔てるロープの前で店員ともめている男。たまたま喫煙席に座っていた秀吉に相席を求めてきます。男は以前にも見かけた顔だったので、同じクセ(本のカバーをはずしてしおり代わりにはさむ)から会話が続きます。
一服を終えた男が先に席を立つと、その男の忘れ物が目に入った秀吉が「おい!」と呼びかけたとたん、男とおかわり用のコーヒーザーバーをもった店員がぶつかり・・・。

このシーンで語り手が交代するのです。
読んでいて「男」がどちらを指すのかわからなくなり一瞬くらくらするのですが、店を出る男と店員のトラブルで起こるガチャーンという衝撃音まで実際に聞こえてきそうな場面展開も相まって、するりと主人公が交代します。ここのところは作者の「してやったり」という感がひしひしと伝わってくると思うのは、5年も待たされたゆえの妄想でしょうか。

それで、その秀吉の妻の妊娠騒動はどうなったんだろう?と続きを読むと、

もちろんその時点で、僕が幸地秀吉の名前すら知らなかったのと同様に、幸地秀吉も僕がどこから来ただれであるかは知る由もなかった。だから、もし彼が生きているなら、そしてこの明け方の出会いを忘れていないなら,僕という人間は、まさにここまで語ってきた男として、いまも名前もないままおぼろげに記憶されているはずだ。

え?ええ?秀吉さん、「退場」ですか?奥さんの不貞はどうなったの?よもやそのままというわけではないですよね?これ、伏線ですよね?

・・・と、ここまでで44ページ。上巻の最後は476ページですからまだまだ先が、いや、さらに下巻があります。このまま物語はどう進むのか、興味がわいた方はぜひどうぞ。




ちなみに、5年前の「身の上話」もオススメです。ラストに思わずうなりました。

(余談)
作者・佐藤正午の客観的視点による文章力のすごさを表す著書に「小説の読み書き」(2006年6月刊)という新書があります。
小説家は小説をどう読み、また書くのか。近代日本文学の大家たちの作品を丹念に読み解きながら、「小説の書き方」ではない「小説家の書き方」を、小説家の視点から考える斬新な試み。読むことは書くことに近づき、読者の数だけ小説は書かれる。こんなふうに読めば、まだまだ小説だっておもしろい。小説の魅力が倍増するユニークな文章読本。(カバーより)

取り上げられている小説は「雪国」「暗夜行路」「たけくらべ」といった大家の24作品が取り上げられた最後に、作者・佐藤正午の「取り扱い注意」という作品の解説をしているのです。
冒頭部分で「取り扱い注意」の前作「彼女について知ることのすべて」が商業的失敗に終わったと思われる理由を意図して述べたりしていますが(当方は記憶に残るくらい印象深い小説だと思いましたが)、締めくくりの文章を読んだ時には(ネタバレなので引用は避けますが)「ここまで一読者になりきって書きますか」となかばあきれつつおかしみを禁じ得ませんでした。
もちろん、そこを狙って書いたと「あとがき」にありますが。
こちらもオススメです。




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