2015年8月17日月曜日

1159 本屋で探検40〜「夫のカノジョ」(垣谷美雨:著)

「不定期に本屋さんに行き、知らない作家の本を少なくとも1冊は買う」というルールに則って紹介する第40回目。
今回は、垣谷美雨・著「夫のカノジョ」です。

以前に読んだ「婚外恋愛に似たもの」とは毛色は違うのですが、これもまた痛快な小説でした。

物語は、中三の娘・実花と小五の息子・真人の母で、39歳の小松原菱子(ひしこ)が自宅パソコンのネット履歴を見たことから「事件」が動き出します。
そこには夫・麦太郎が見た、星見という若い女性のブログの閲覧履歴が残っていました。気になってさかのぼって見てみると、どうやら夫の会社の社員で、頻繁に会っていることが判明します。

菱子は平凡な主婦ではなく、行動力のある女性でした。休みに「仕事だ」と言って出て行った夫を尾行し、星見とおぼしき女と会っているところを突き止めたり、星見に電話して公園に呼び出したりします。

一方の「夫の愛人」とおぼしき女・山岸星見(ほしみ)20歳。菱子から言わせると言葉使いも荒く教養のないガラの悪い女。「なんでこんな女と夫が?」と思いながら直接訪ねるのも怖くてぼかしながら星見に問い詰めていると、どこからか「薄汚れた真っ赤なロングドレスを着たババァ」が現れ、「物事はなんでん相手ん立場ん立って考えてみることが大切ばい」と二人の前でショールを振って呪文を唱えると、菱子と星見が入れ替わってしまいます。

「ババァ」は「相手の気持ちば芯までわかったら元に戻るけん」と言い残しその場を去ります。菱子になった星見が追いかけるも捕まらず、時間は刻々と過ぎていきます。時間が経過しても元に戻らないと悟ったふたりは覚悟を決め、それぞれの生活を交代して「ババァ」が見つかるまで暮らすことにします。

ここから、入れ替わった生活が交互に一人称で語られていきます。
人付き合いが苦手で「寄るんじゃねぇ!」オーラをまき散らして夫の会社で仕事をしている星見にまともな菱子が入れ替わったら、まっとうな優等生的生活をするんだろうなぁというのは想像が付きます。

一方の破天荒な星見が普通の主婦(それも子持ち上司の家庭)の中に入ったらどんだけまわりを引っかき回すだろう?と半ば楽しみに読んでいくわけですが、家事も得意で人付き合いも目立たず騒がずそつなくこなしていた菱子が突然ギャル風の言葉使いでいきなりかまします。

「1日でも提出が遅れると内申書に響くから」と宿題のエプロン製作を甘ったれ声でお願いする娘・実花に、今まで「〜なんじゃないかしら?」とそつなく奥さんを装っていた星見がキレてぶちまけます。
「内申書?そんなのあたしに何の関係があんの?あんたの人生はあんた自身が築くんだよ!」
この他にも、真人の宿題を菱子が聞いたらめまいを起こすんじゃないかという方法でやらせ、実花が彼氏に金を貢いでいることを突き止めてやめさせたうえ、あれほどおとなしくしていろと菱子に言われたPTA役員会では指名されたことで思わず本音を言って・・・と、星見本人は菱子に言われたとおりにやってるつもりでも周りを否応なく「化学反応」させていきます。ここがこの物語のいちばん痛快な部分だと思います。

一方の菱子は、夫と一緒に働くことになり、社会人として、営業職としての夫の別の顔を見ることになり、何も知らなかった自分に愕然とします。
しかし、菱子もまた与えられた環境のなかで最善を尽くし、会社の商品の開発に関わりヒット商品を作り上げます。極めつけは、菱子と同年齢の星見の母と対面し、結果的にその母の意識を変えてしまいます。

ふたりが入れ替わっている期間はおよそ2ヶ月。それぞれが何をやったか、かなり重要なことなのにあえて書かれていません。
ですが、元に戻ったときに互いが入れ替わっている間にやったことが次々と明らかになるという仕掛けになっていて、ここが読者も菱子たちと同じ感覚を味わえる作りになっています。「あんた、いったい何をした?」と。
これは作者の技巧に思わず拍手喝采したくなりました。

次々と明らかになる「してやったり」な爽快感。菱子も星見も意図したわけじゃなく自分の思ったとおりに行動しただけなのですが、そこがまたスカッと気持ちいいというか、胸がすく思いでした。

さて、巻末の解説に書評家の吉田信子さんという方が次のように書いています。
本書を太く貫いているのは、「自分が変われば相手も変わる」ということだ。相手に変わって欲しいと望むのではなく、まず自分を変えてみる。言葉にすると簡単なのだけど、実はとても難しいことだ。自分の価値観というのは自分が思っている以上に頑固なもので、変えようと意識しても、なかなかできることではない。変わらないほうが楽なのだ。
でも、だからこそ、垣谷さんはこの物語を描いたのではないか。菱子と星見を強引に入れ替えさせることで、好むと好まざるにかかわらず変わってしまう、という状況を作り出すことで、自分を変えれば見えて来るもの、を、物語のなかで見せてくれたのではないか。
ああ、そういうビジネス書的な読み方もあるんだなぁと。グッときた部分にアンダーラインを引かせていただきました。
確かに立場が入れ替わることによって強制的に「自分が変わって」しまった。外から見ると周りに対する接し方も変わったように見える。周りは「ど、どうしちゃったの?その言葉遣い」と驚きながらも連鎖反応的に付き合い方を変えていく。

この物語では、全く生活環境が異なる二人の女性が、他人の環境に身を置くことで客観的に自分を見る、別の人の立場から自分が生きてきた道を振り返る姿が綴られていきます。
仕事をしている時の夫の姿を見る。何も知らなかったことに気づく。夫も「言ってもわかってもらえない」と淡々と認識していることがわかった。
もし、こんな温かい家庭に育っていたら、将来のためにもっと勉強していたら、それを目の前の子供たちに伝えてみる。

解説者の視点のように読むも良し、痛快エンターテインメントとして楽しむも良し、1冊で2度おいしい作品だと思います。

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