2015年8月21日金曜日

1162 本屋で探検41〜「ハルさん」(藤野恵美:著)

「不定期に本屋さんに行き、知らない作家の本を少なくとも1冊は買う」というルールに則って紹介する第41回目。
今回は、藤野恵美・著「ハルさん」です。

物語は、妻・瑠璃子に先立たれたハルさんこと春日部晴彦が娘のふうちゃんこと風里の結婚式に出席する1日を、ほのぼのとした雰囲気で描いています。その時間軸の途中に、ハルさんの回想としてふうちゃんの成長過程が5つのお話として挿し挟まれていきます。


これだけですと花嫁の父の子育てストーリーという小説のようですが、実は作者の藤野氏は第20回福島正実記念SF童話賞に佳作入選の翌年、「ねこまた妖怪伝」で第2回ジュニア冒険小説大賞を受賞してデビュー、児童向けのミステリなどを執筆している方ですのでそれだけはありませんでした。

この「ハルさん」は、出版社である東京創元社の編集者から「大人向けのミステリに興味はありませんか」と聞かれたことがきっかけだったと文庫のあとがきにありました。そこで「日常の謎」というテーマで書いたのがこの作品なんだそうです。

そういう経緯で書かれたこの作品は、ふうちゃんの成長の過程で起こったちょっとした謎を解くミステリ仕立てになっています。しかも、謎解きを手伝ってくれるのが、ハルさんの亡き妻。幽霊になって出てくるわけではなく、ハルさんの脳内に残像とともに語りかけている感じでしょうか。

第1話「消えた卵焼き事件」(幼稚園)では、人形作家であるハルさんが作ったシャーロック・ホームズのコートを着たふうちゃんが友達のお弁当箱から忽然と消えた卵焼き(しかも、ふうちゃんが犯人にされてしまった)の真相を追います。
第2話「夏休みの失踪」(小学校4年生)では、理科の授業で世話になったジィさんの庭からなにやら持ち出して北海道の伯母の家までひとりで行ってしまうという事件が。

このほか、第3話「涙の理由」(中学2年生)、第4話「サンタが指輪を持ってくる」(高校3年生)、第5話「人形の家」(大学2年になる春休み)でも、ふうちゃんの成長した姿とちょっとしたミステリが書かれています。
見事なのは、それらのエピソードと現在軸が途切れなく無理なく繋がっていることです。

人形作家のハルさんは優しいけれどちょっと頼りなく、職業柄なのか世間ズレもしていて、仕事に没頭すると寝食どころかふうちゃんのことも忘れてしまうようなお父さん。
そんな父を持ったふうちゃんは、幼稚園に入る頃に亡くなったお母さんの代わりもあるのか、かなりしっかりした、いや、しっかりしすぎてるきらいもある娘に成長していきます。

読み進むにつれ、のほほんとした雰囲気の父娘の関係に羨ましさを感じていき、作者もさぞや温かい家庭に育ったのだろうと思ったのですが、作者あとがきを読んでびっくり。
なんと母親は作者か小さい頃に家に火を付け、作者は幼い妹を2階からどうやって逃がそうかと考えたこと、父親が暴力を振るう人だったことが書かれていました。
それゆえに「もしこんな幸福な子供時代を送っていたら」という想いで書いたのがこの「ハルさん」だったそうです。

なんか、言葉もありません・・・。

「もしこんな家庭だったら」と、物語の中で作者自らも生き直すことができたのでしょうね。「まっとうに子育てができる自信などなく、子供をもつことはないだろうと思っていたのですが、この作品を書いたことで心境に変化があり、いま、私の傍らには三歳になる息子がいる」のだそうです。
物語をつむぐことは祈りに似ています。つらいこともある世界ですが、ほんの少しでもあたたかな気持ちになっていただけましたなら幸いです。(作者あとがきより)

自分も幸せになり、読者も幸せな気分になれる物語。こういう作品が書けたら最高だろうなぁと思ったのでした。


(余談)
せっかくきれいに締めた後でなんですが、個人的にミステリが二つ残りました。
ひとつめ。ふうちゃんのお母さんはなぜ死んだのでしょうか?
ふたつめ。ハルさんはふうちゃんがどうして彼を夫に選んだのか疑問に思うのですが、最後でハルさんが「そうだったのか・・・」と納得しているのですが、何に納得したのでしょうか?
謎は「余韻」として残すのもアリ、といったところでしょうか。

0 件のコメント:

コメントを投稿